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金井美恵子『金井美恵子全短編 Ⅰ』(日本文芸社、1992年)

もはや言うまでもないだろうが、私の最も敬愛する作家の全短編集。全短編といっても発売されてからもう20年以上たっているので全ての作品は網羅しきれてはいないのだけれども、時系列順に金井美恵子作品が読める貴重な全集。一巻はデビュー作から’73年までの作品を集めたもの。金井美恵子が’47年生まれだから、19歳から26歳までの作品ということになる。早熟の天才という紋切型の言葉を使わずとも、いかに言語に対する、物語に対する、豊饒な感性を早くから我が物にしていたのかがよくわかる。ぐぬぬ好きです。

 「話は変わって、時々、夜明けまで起きていたり、友だちと安バーを飲み歩いている時(まったく、ぼくらの卑小な日常よ!) おれは物たちに囲まれた自分と、自分をとり囲む物たちがまったく別の物に変化していくのを、まざまざと見ることがある。これは夢うつつのイリュージオンなのか? だがぼくはこんなイリュージオンなんて信じやしない。幻覚というものを徹底的に退けて、その後にようやく現れる幻覚しかぼくは信じない。」(「愛の生活」、20-21頁)

 

「その頃、彼は恋愛をしていて、わたしとFは婚約することを考えていた。あの頃のことは、懐かしさという優しい感情で思い出すのに、一番ふさわしい時期だった、などとわたしは言わない。そうむかしのことではない。だが、今とは完全に別の時間。場所は同じでも、別の秩序の中でしか一致することのない記憶の時間だ。別の秩序は瞬間に、わたしの内で生々しく開かれる。世界への愛として。」(同上、32-33頁)

 

「『でも、わたしは不安なんです。発病したての頃、彼はたった四つの言葉しか言えませんでした。それもまったく自動的に、無意図的に四つの言葉を時々思い出したように口にしていただけでした。コトバ、ヨル、ボクハ……それからタンタンという擬音のような言葉。彼に残された言葉が、コトバというものだったことは何を意味するのでしょう。Pにとって重要なことは、病気以前から、言葉だったのです。でも、今、彼が自動的に突然脈絡もなく発するコトバという言葉は、凍りついたもの、あの人の全存在の痙攣のはてに凍りついたものなのです。』」(「エオンタ」、106頁)

 

「あの四つの残語がある。言葉の背後に拡がる意味を失った、自動的に唐突に語られる四つの言葉。それからPの肉体。Pにまつわるすべて、今やPは彼女にとってすべてであったかもしれない。四つの言葉は彼女の内部で限りなく変容して、無限の連鎖で彼女を取り囲むだろう。そして、Pの肉体は無限の連鎖の夜の中で生きつづけるだろう。永遠に失われた言葉として、多分、彼女はそれを自分の運命のように受け入れ、失われた言葉を見つめつづけ、Pの肉体を見つめつづけることになるだろう。彼女はそうした考えの中でPに近づこうとする。すべての時空に存在する無数のP、記憶と残された作品と、残された言葉と、現在のPの肉体と、沈黙とすべての彼に向って。」(同上、108-109頁)

 

「けれど、見知らぬ土地は、いつも熟知の迷宮だ。繰り返し、繰り返し、やって来たことのある、不動の時のない海に囲繞された土地、原初の風と光と夜の空間が、旅人を風景と空間の中で既視感によって支配するのだ。いつか、いつか……、確かに来たことのある場所。いつか……、いつのことか、確実に……、曖昧に――。異様な既視感の感覚が旅人を支配する、見知らぬ町。夢の中の、あるいは夢の夢の中の、町。もしくは、それはこのうえなく現実である現実の町だ。」(「夢の時間」、276頁)

 

「たとえば、草原の湿った熱気に包まれた河からザンブリ体もたげた河馬のぬれた黒光りする背中、あるいはアスファルト道は夜の河であり、そこを渡って行けばどこか、まるで、知らない熱帯のジャングルの中に分け入って流れる支流に入り込むことも、可能ではないか。大きなタルサの丸木をくりぬいた一艘のカヌーに、皮袋に入れた水と葡萄酒とペミカンと塩漬の豚肉とライムと干飯とコーヒーとコーヒー沸しと寝袋を持って果て知れぬ支流をずっとずっと遡り、その時は、あの人も一緒! その時に限らず、あたしはいつもあの人と一緒だった。いつも、いつも、いつも……。今も……。想像の上で、言葉の上で……。一緒……。世界は言葉の川だから――。彼女は、そこには存在するはずのない、不在のあの人に向って、鼻に皺を寄せ顔を顰めてから、微かに笑いかけた。雨で、まるで町は河みたいだわ、ねえ、まるで河みたいだわ――。」(同上、303頁)

 

「薄緑の厚紙の表紙の大型のノートは、何度も繰り返して読んだので、彼女はところどころ暗記していたし、そのノートの中での話者である≪ぼく≫と≪あなた≫とは、アイの内でお互いに浸蝕しあう。ノートの書き手は不在の≪あなた≫であり、≪あなた≫のこの不在を、あたし、、、が一人でこうして耐えている以上、そう、まさしく、今、こうしてあたし、、、が一人でいる以上、≪あなた≫は≪あなた≫としか呼びようがない。あるいは、≪P≫という記号――。けれど、アイが何回も繰り返し読むことの出来る、ノートの中では、アイにとっての≪あなた≫は≪ぼく≫でありつづける。≪ぼく≫は語りつづける。そこ には あたしたち、、、、、は存在しないのだ。あたしたち、、、、、は永遠に追放されてしまったかのように。

――あたしたちは二人だった。ずっと以前から――、あたしたちは二人だった。」(「奇妙な花嫁」、309-310頁)

 

「――きっと、≪彼≫はいる。ぼくらを追いかけまわしてぼく自身あいつから眼を離すことの出来なかったあの男が、きっと、あそこにはいる。ねえ、覚えていないかい? 鏡を見ているんだ……。一人きりで、昼間のことだよ。鏡が透明な光を平板な一枚の薄片に磨きあげたダイアモンドのように吸いこんで、くらくらするような光芒に包まれて白銀色に輝くような真っ昼間のことさ。鏡の中に突然、男の顔が映るというわけなんだ! それが≪彼≫なんだけれど、そいつは、内部の苦悩が透けて見えるといった具合の極く薄い皮膚をしていて、いつも薔薇色の顔をしていたんだよ。苦悩の色が、蒼白だとはかぎらないというわけさ。」(同上、351-352頁)

 

「夜が朝に移って行く微妙な時間のあわいにしのび込む夢、それも移動する黒い乗物の中で、様々な金属の部分が嚙みあい摩擦しあって軋みをたてる黒い機関車に連続された夜行列車の中で、アイは短い夢を見る。夢の縁、夢の分水線で白い花々が白光と透明な光で燃え、彼女の指が燃える。それはごく短い瞬間、列車の振動と透明なインジゴーの空が作り出した幻想だったのか。アイは微かに微笑を漂わせ、唇を軽く開いて、窓ガラス越しの深い空を見つめつづけていた。彼女は、今朝部屋の窓から杏の花が咲いているのを見た。薄い桃色のチュールを何枚も重ねて作った大きな造花のように杏の木は花を咲かせ、彼女はその朝、死んだ人のことを思い出したのである。部屋は塔のようだった。何もなくてただ寝台と机だけがあり、埃がたまっていた。暗闇の地下トンネルと直接結ばれた部屋、夢の通うコイルが天井を貫いて高く伸びる塔。死んだ人は暗闇の地下トンネルを昇ってこの部屋にやって来るのだ。」(「燃える指」、380頁)

 

「厚い濃緑の層と稠密な息詰る空気で閉じられた世界、森の中で、この稠密に形成された森という閉じられた世界の薄明は、森の外界の空から降りおろされた光の細い鞭であり、森はその暗さと寒さとによって森の体臭――様々な樹々のにおいの重層的なたなびき――を充満させる。それはおそろしいからっぽによって充たされているかのようであり、樹の間から見える空は、森の世界の罅割れなのだ。森は緑色の暗雲だ。無数の泉を深い地下で連結させ、苔に覆われ、放心とざわめきを湛え、森の樹々の葉先の一枚一枚を風に震わせる。――わたしたちが森へ迷いこんだ深傷をおったトリスタンとイゾルデだったとしても不思議ではない。あなたは記憶の微粒子の網目を透してしか見えないけれど、でも、そのフィルターは薄い羽のように微かな風にそよぐわたしの夢の縁、夢の網膜だ。わたしたちは自分の生そのものをフィルターにしてしまうことも出来たのだしわたしたちはそうすることによって一等密接で密着した抱擁の中で身を開くことが出来た。わたしたちの肉体はお互いの表面と内部から全ての夢の源と幻惑の光源と暗い地下水を見ることの出来るフィルターとしておたがいの上に覆いつくされわたしたちはそこで寝そべって年を取ることを完全に忘れさった。親子のように同時に兄弟のように閉じられた森の中で最も美しく最も淫蕩な夢にふけりながら罅割れた空の星を指さすわたしたちの指は冷たく病んだように燃えていた。」(同上、385-386頁)

 

「それにしても、アイは不安で苛立っていた。彼女は荷物を持って歩きながら、自分自身の真実の姿あるいは真実の瞬間を見出すことがもしあるとしたらどうしても他者が必要なのだと思った。≪わたしたち≫でなければならないのだ。わたしたちは二人である必要がある。一人でいいるということの意味、それは欠如だった。このうえない世界の欠如であって、それはアイの内奥の透明で情熱に満ちた悲しみをきわだたせたが、そうした情熱を内奥に所有すること自体が、実は他者を必要とすることであり、他者によってしか充たされることのない情熱であった。」(同上、389頁)

 

「身体中の血管のすみずみに沈澱した奇妙な疲労がいたるところを浮腫ませ、彼女は自分の肉体に対する感覚を失っているようだった。寝台の上に横たわった肉体は重く灰色の不透明なエーテルの内に沈みこみ、その内で徐々に溶けはじめているようでもあり、エーテルの中で細胞のひとつひとつが小さな風船のようにふくらんでいくような、身体の輪郭が徐徐に失われていくような、あるいは薄い皮膚一枚のすぐ下で、身体中が熱く燃えているといったふうなとりとめのない捉えどころのない感覚――、身体が限りなく軽く消滅しながら透明なオレンジ色のエーテルの中を上昇し、同時に深い落下に身を行委ねているといった曖昧な状態、彼女は不透明な沈澱によって内奥を支配されているといったふうで、切れ切れのイメージの点滅を力無く追いもとめていた。はっきりしていることはつまるところ唯一のものにつきただろう。それは彼の不在であり、それだけが信ずるに足る唯一のものではなかっただろうか。不在に接近すること――無益な探索と期待の中で不在によって魅惑されること。不在、彼のわたしの内部における不在、ではなくて、それは死によって満たされ完璧に閉ざされた世界をわたしが所有することだ。」(同上、413頁)

 

「私たちは月の下の河明の中を山の柏の林の間を通って歩いて行ったんだが、子供だった私は、まるで馬鹿になってしまったように、今、自分が味わっている香り高い蜜のような至福のこと以外は考えられなかった。」(「山姥」、575頁)

 

「膝の上に薔薇色の夢の光芒の波が流れるのを、彼女は眺めてあきなかった。光を浴びることによってのみ生命を持ちはじめる、それ自体は凍りついた星の破片、人工の雲母。それはすでに彼女の皮膚の上に重ねられたもう一枚の皮膚であり、そして、もう一枚の皮膚をまとうことで、彼女は、薄暗い俗悪な黄色や桃色や青の照明の点滅する舞台装置の海底めいた下品なキャバレエのフロアで、薔薇色のさざめきのような光の粒子に包まれた天使のように見えた。薔薇色の光芒の中で蒼ざめている貧血症の天使のように――。」(「降誕祭の夜」、584頁)

 

桃の果実に「触れると形而上的な怪我をしてしまいそう」と歯医者が述べるのは「桃の園」だが*1金井美恵子の小説を読むこともまた、「形而上的な怪我」という言葉がしっくりと当てはまる。処女作から繰り返し物語られる≪あなた≫の不在。19歳で作家デビューし、その早熟さに天才少女現ると騒がれ、周囲の期待やプレッシャーのある中で、自己模倣と批判される恐れのあるにもかかわらず、それでもなお繰り返し語り直されなくてはならなかったこと。

 

愛する人の不在、言葉、世界、他者、不安、恐れ、記憶、物語、愛、死、眠り、夢――、私たちにとても身近なようでいて、言葉にしてしまった途端に脆くも崩れ去り、掌中から毀れ落ちてしまうあの懐かしいものたち。

 

彼らは、あまりにも私たちの内奥に古くから刻みつけられているがために、もはや平常その痛みに慣れきって忘れてしまうか、もしくは紋切型になってしまったそれらの言葉の陳腐さに鈍感に振る舞うしか私たちの対抗策はないように思われる。それでも、暗い部屋にわずかに開いた窓から白い光が差し込むように、懐かしいその姿の残像を、わずかに思い出すことがある。金井美恵子の小説はまさしく私たちの古傷を疼かせる雨のようだ。それは、紋切型ではない言葉によって、どのようなまやかしも陳腐さも取り払った言葉によって。「愛の生活」、「エオンタ」、「夢の時間」、「奇妙な花嫁」、「燃える指」、言うまでもないが、不在なのは単に≪F≫または≪P≫と呼ばれる人物ではなく、≪あなた≫という他者の中でも際立って奇妙な存在として立ち現れる二人称的存在なのだ。本来ならば眼前の他者を呼ぶ際に用いられるはずの≪あなた≫が不在であることによって、その奇異さが一層顕著に描かれる。≪あなた≫は誰なのですか?

 

陶酔的な言葉たちによって巧みに紡がれる物語は、中世のタペストリーのようで、綺麗でうっとりとするのに、慄きを感じざるをえない。言葉では直接表現し得ないはずのその傷を、金井美恵子は何度もその周囲を迂回する言葉により、言葉にし得ないものを、公現させるのだ。ううううううううだ!い!す!き!です!!!!!!!!!!

 

金井美恵子全短篇〈1〉

金井美恵子全短篇〈1〉

 

 

 

*1:金井美恵子『ピクニック、その他短編』講談社、1998年、19頁