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三島由紀夫『サド侯爵夫人・わが友ヒットラー』(新潮文庫、1979年)

あまりにもイメージが鮮烈だったので、三島由紀夫を最後に読んだのが10年前だということにびっくりしてしまった。高校の課題図書で『金閣寺』を読んで、うわあ圧巻と思ったまま他の著書には手を出していなかったのだけれど、10年とは! そんなに経っていたなんて全然信じられない。今も『金閣寺』の完璧とさえいえるような物語構成や、読書感想文の課題図書にもかかわらず次々とページを捲ってしまう魅力を思い出せる。すごいぜ。

 「ルネ そのあげく、私には理屈に合わないこんな感情が生まれました。記憶のあちこちに落ちちらばっていた紅玉の一粒一粒が、今俄かに一連の頸飾りになったのなら、私はそれを大切にしなければならない。身の宝にしなければならない。もしかすると、記憶も届かない古い昔に、私の頸飾りの糸が切れ、そのとき落ちちらばった紅玉を、今やっと元の形で取り戻したのかもしれないから」(38頁)

 

「ルネ ……四年前のノエル、あのときに私は一つの決心を致しました。自分があの人の理解者で、護り手で、杖であるだけでは足りないということ。良人の脱獄の手引さえした貞淑な妻という幻の、その傲慢さを癒やすには、それだけでは足りないということ。……お母様、私が貞淑貞淑と口にするのは、もうそれが世のつねの貞淑の軛を免れているからですわ。貞淑につきものの傲り高ぶりが、あの怖ろしい一夜から、きれいに吹き払われてしまいましたの」(82頁)

 

「ルネ かけがえのない? あなたこそ、かけがえのきくことを、何よりの矜りになさっている方の筈ですのに。現に私にも、かけがえのきく女になれと、おすすめになっているあなたですのに。あなたは『あなた方』の一人にすぎませんわ。

 モントルイユ 兎の愛らしさ、蛙のいやらしさ、獅子の怖ろしさ、狐の賢さ、それらがみんな同じもので、稲妻の夜には一緒になる。そうとも、そんな考えは、何もお前の発明ではない、むかしはそんな考えで火焙りになった女がいっぱいいた。お前はそのいちめんの星空だけに通じているとやらいう扉をあけて、足を踏み外してしまったにすぎないんだ」(86頁)

 

「ルネ 春のせいでございますわ、お母様。むかしはあんなに待ちこがれていたパリの春、来るとなると一夜で洪水のように押し寄せる春が、もうすっかり人のもののように思われるからですわ。世間のさわぎはさわぎとして、年のせいでこの春が、居心地わるく思われるなら、こうして家にいて刺繍の中へ、春を縫い込めているほうがましかもしれません」(91-92頁)

 

「レーム 誰がそんなことを信ずるものか。俺を傷つけることができるのは弾丸だけさ。というよりは俺の体の鋼鉄が、いつか俺を裏切って、同じ仲間の鉄の小さな固まりを、俺の体内へおびき寄せるとき。そうだ、鉄と鉄が睦み合うために、引寄せあって接吻するとき、そのときだけだ、俺が倒れるのは。しかしそのときも、俺が息を引取るのはベッドの上ではない」(166頁)

 

「レーム われわれの住むこの地表はなるほど固い。森があり、谷があり、岩石に覆われている。しかしこの緑なす大地の底へ下りてゆけば、地熱は高まり、地球の核をなす熱い岩漿が煮え立っている。この岩漿こし、あらゆる力と精神の源泉であり、この灼熱した不定形なものこそ、あらゆる形をして形たらしめる、形の内部の焔なのだ。

雪花石膏のように白い美しい人間の肉体も、内側にその焔を分け持ち、焔を透かして見せることによってはじめて美しい。シュトラッサ―君、この岩漿こそ、世界を動かし、戦士たちに勇気を与え、死を賭した行動へ促し、栄光へのあこがれで若者の心を充たし、すべて雄々しく戦う者の血をたぎらせる力の根源なのだ。アドルフと俺とは、地上のものの形で結ばれているのではない。形としての人間は、別れもすれば裏切りもする別々の個体だ。われわれはあの地の底の不定形のもの、すべてが溶け合う岩漿にて結ばれているのだ」(196頁)

 

ここまで書いて、読み終えてから二日たったのだけど、読んですぐに思ったわあ三島由紀夫はやっぱりすごいなぁ、という素直な感想が消えて、なんだか腹立たしいような気持になってしまった。勿論、凄い。凄いというか、すさまじいまでの才だと思う。言葉の選び方も巧みだし、知性もセンスも溢れんばかりだし、かといって全然優等生的ではなくて、悪の魅力も知り尽くしていて、超かっこいい。超超かっこいい。さすがランボー、ラディケと並ぶ早熟の天才だわさって感じ。でもこうして読後数日たってみると、何だか徒に弄されたような気がして、とっても嫌な感じ!やっかみと言われればそれまでなのだけれど、かっこよくてユーモアがあって気遣いもできる魅力的な男性に体よく遊ばれて、でも文句を言うのはこちらが野暮ったいような気がして何もいえなくなるような……。

 

ま、あれだけ器量もよくて頭もよくて芸術的才能もあればナルシスティックになるのも当然なのだろうけど、私はもうちょっとセンチメンタルな小説を読んで天井を眺めながら涙しちゃうような*1ナイーブな文章の方が好きです南無南無。

 

(そういえば前回のエントリーで今月はゴシック&オカルティック月間と言っていましたが引き続きエリファス・レヴィを読んでいるのであしからず)。

 

サド侯爵夫人・わが友ヒットラー (新潮文庫)

サド侯爵夫人・わが友ヒットラー (新潮文庫)